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日  時:02/08/05(Mon) 20:09
投稿者名:鈴木君子
アドレス:s-kimichan@jcomhome.ne.jp
U R L:
題  名:愛娘について
せせらぎ村の4日間から娘が帰ってきました。お手紙を読んだら、娘は2日目の夜に嘔吐と熱を出してしまったそうです。3日目の昼間はずっと休養をしていたそうです。そして、夕食のまんぷくパーティーから元気に出席をしたそうです。皆とは半分ちょっとしか一緒にいられなかったようです。それでいったい娘は何を得られたのであろうかと私は思いました。今日の朝は今まで以上に近所の人たちに明るく元気な声で挨拶をしていました。先程お風呂に入っていたら、たくさんアルプスで教わった歌を大きな声で歌い続けました。娘は皆とたくさんの歌を大きな声で歌ってとても楽しかったそうです。2日目の昼間にたくさん川遊びを4人のお友達と遊べたことも娘にとってはいい思い出になっているようでした。今まで紙パンツをはいて寝るのに、今夜からは普通のパンツをはいて寝るそうです。
無理せず娘のペースで来年も4日間のせせらぎ村で参加をさせていただきます。よろしくお願いいたします。たった850グラムで産まれた、やせっぽっちの体力がない娘ですが。

日  時:02/08/12(Mon) 01:35
投稿者名:クララまま
アドレス:sweetpinkwakuwaku@hot.mail.com
U R L:
題  名:Re: 愛娘について
はじめまして。
1079g・1205g・1335gで生まれたうちの子達も初参加でした。
小柄な子も、ハンディキャップも持っている子もいます。
極小低体重児としてうまれて、心身共に発達には親としての不安は常にありますよね。
でも、子供達ってそれぞれのペースで成長しているんですよね。
自分の世界も価値観も持っているし…。
お嬢さんはお友達と過ごす時間が少なくても何かを得て帰ってきたのですね。
良かったですね。^^
うちの息子も「アルプスで楽しかったから入院頑張る」と
低身長症の検査に意欲的になってくれました。
不安はつきないけれども、お互い子供のペースで
ぼちぼちやっていきましょうね。

日  時:02/09/05(Thu) 20:14
投稿者名:鈴木君子
アドレス:s-kimichan@jcom.home.ne.jp
U R L:
題  名:未熟児について
初めまして。初めてのご出産で三つ子のお母さんになられたのでしょうか。ご苦労をされているようですね。私自身、初めての出産で超未熟児は超未熟児同士のお母さんと色々話をしたいけど、近くにいない、普通に出産をされているお母さんになんか私の気持ちなんか言ったって分からないさって言う感じで孤独でした。今は娘が普通に育ってきていることが分かってきて、だいぶ私も社交的になってきているつもりです。1000グラム以下より1000グラム台の赤ちゃんの方が障害児になりやすいそうですね。10年くらい前は小学校入学前に多動などの障害が発見されて普通学級に入れるかどうかと言う子が結構多かったようですが、今はだいぶ少なくなってきているみたいですね。具体的にどのくらいかは把握していませんが。
娘が駒ヶ根に出発するとき、笑顔で私に手を振ったんです。でも私は
泣いてしまいました。今年で2年目ですが、ダメでした。このときは、子どもが親離れをしっかりしているのに、私はまだ子離れをしていないと気づかされました。恥ずかしいです。

日  時:02/09/07(Sat) 12:43
投稿者名:クララまま
アドレス:sweetpinkwakuwaku@hot.mail.com
U R L:
題  名:だって、未熟児なんだもん
初めてのご出産で三つ子の母になってから、早6年。
発達について悩んだこともありましたが、今はなるようにしかならないと思っています。
親として生んだ以上は、責任があるので何かがあった場合は
専門家と本人と話し合って最善の方法を決めようと考えています。
医学書を読んで悩んでいたって、良い笑顔で子供に接することが出来ないし。
それだったら、子供と一緒に料理のレシピを見た方が=*^-^*=にこっ♪
悩みはつきませんが「どうして?」「うちばっかり」と思っていても
良い方向にはならないとかんがえるようになっています。
歩行困難の娘だって、低身長の息子だって一人の人間。個性があります。
世間の平均とやらに当てはめようとしたって無理があると思っています。生き物だから。
標準から外れたからって、普通の出産じゃなかったからっていけない事じゃ無いですよね。
劣等感を持つ必要なんて無いはずです。
それが事実だし…。子供がいとおしいのにはかわりがないし。
うちの子は特別だからと自分の方から壁をつくっていては
子供にとってもお友達をつくる機会を奪うことになりかねない。
私にも私の世界がある。子供には子供の世界があると思っています。
お互いに尊重したいですね。
子供達は私の所有物じゃないから。
子供達がいろいろな個性を持って世へ羽ばたく時に、
個性が受け入れられる世の中であるように
身の回りからでも変えていきたいと思って
何処へでも、親子でしゃしゃり出ていこうと思っています。

そうは言っていても、いざ駒ヶ根に向かうバスが走り出すと
ダッシュきって追いかけるのも私。
仕事中に子供が気になって、ミスするのも私。
夜になると寂しくてめそめそする私もいます。
生き物ですから、仕方ありません。(笑)
恥ずかしがらず「おぉ、私も普通のママなんだ!化け物じゃなくて良かった」と
素直に感激することにしました。

自分が気にしているほど、周囲の人は未熟児に対して
偏見や差別意識を持っていませんよ。
未熟児のママに対しても「頑張ってきたママ」として
温かく見守ってくれる人が多いように思います。

日  時:02/09/25(Wed) 17:30
投稿者名:綾崎(事務局)
アドレス:y.ayazaki@clubAA.com
U R L:
題  名:未熟児は生まれて来るもの
先週、東京の愛育病院新生児科部長、加部一彦医師のお話を聞く機会がありました。その中で氏は、欧米では未熟児が生まれたときに親が育て方を学ぶ非常に詳しい書物が何冊も出ているのに、日本ではただの一冊もそうした本が無いとおっしゃっていました。

> 世間の平均とやらに当てはめようとしたって無理
なのに、未熟児は生まれて来るものという認識があまりに無い、「何でも普通が当たり前」が知らずと出生時から求められる社会なのでしょう。新生児科の専門医も日本にはわずか120人しかいないそうです。

> 周囲の人は未熟児に対して偏見や差別意識を
持っていないと私も思います。
が、個性の尊重がさんざん叫ばれながらも、日常のいろいろな場面ではなかなかそれが実行されませんね。
自戒を込めつつ。

日  時:02/10/18(Fri) 20:18
投稿者名:鈴木君子
アドレス:s-kimichan@jcom.home.ne.jp
U R L:
題  名:Re: 未熟児育児の実体
未熟児を育児している母親から見て、世間はその大変さをまったく知っていないと思います。やっと出産した直後は母子同室で他の母親達は皆我が子の世話で忙しいのに、自分だけはただ1人ベッドにいるのみの寂しさを味わいました。やっと病院から退院をした我が子を数ヶ月は風邪などの感染症を防ぐために外へは出しては駄目と病院から言われました。公園デビューの歩けるようになった頃は我が娘はまだ新生児用のつなぎを着ていました。そして小学校入学前に幸いにも我が娘は関係ないのですが、中には4月〜6月に産まれる予定が1月〜3月産まれになってしまい、その子の発達が明らかに就学猶予を1年遅らせば十分に学力的に他の子達と同等だというのに役所はそういう子は障害児として、養護施設へ入れたらと平然と言うそうです。それを説得するために病院から資料をたくさん用意して、何回も役所へ通わなくてはいけないそうです。その様なことを知っている人ってとってもこの世の中に少ししかいないと思います。この場をお借りして、未熟児育児の苦しい実体を話させていただきました。読んでくれてありがとうございます。

日  時:02/10/26(Sat) 02:03
投稿者名:クララまま
アドレス:sweetpinkwakuwaku@hot.mail.com
U R L:
題  名:Re^2: 未熟児育児の実体
気持ちをお察しします。
私も授乳室に行くのが苦痛でした。
8月15日に生むべき我が子達を1003g・1331g・1205gで6月8日に出産しました。
翌日、我が子に対面した時は、恥ずかしながら泣きわめき
「ごめんさない」を繰り返し失神し、車いすで病室に戻ったたそうです。
妊娠期間の大半を入院で過ごし、トイレにも行くことも禁止状態で
帝王切開での出産でした。
我が子の対面は、ガラス越しに管だらけの姿を見るだけ。
赤ちゃんというより胎児でした。
授乳室に行けば、皆我が子に母乳をあげていました。
「面倒くらいから、母乳やめてミルクにするの」という
声を聞きながら、あふれて止まることを知らない母乳を絞る辛さ。
一日2回の面会時間をため息つきながら、待つ寂しさ。
思い出せば、自分を責め続け涙の日々でした。
でも、元々負けず嫌いの私は授乳室で皆勤賞を頂きました。
「あの人、かわいそう」と思われたくなくてきちんと通ったから。
でも、引け目は感じていました。
医療スタッフにも恵まれていたと思います。
励まして、おだてて、皆勤賞を下さったから。
退院してからも注意することは多く、投薬も欠かせず涙の日々でした。
でも、私が泣くと不思議と子供も泣いてました。
だから、いつも歌を歌っていたように思います。
通院の時には「三つ子ちゃん?」と聞かれるとにらみ返し
「うちの子は見せもんじゃない」「ばい菌がつくかも」「悪いか」と
思っていた時もあります。けものですね^^まさに哺乳類!
「自分が世界で一番不幸な母親かも」と思ったこともあります。

「帝王切開なんて、陣痛の辛さを知らずに楽よね」と言われれば
劣等感から夜中に思い出しては涙し…。
1歳の誕生日頃に娘の障害を知った時は、
夫に「家系にこんな事はない」と言われて
親にも言えず夜中に一升酒飲んで
枕に顔を押し当て声を殺して毎晩泣きました。

辛いこと、悲しいことは一生分味わったような気がします。
劣等感も嫌というほど味わいました。
今まで、学校でも職場でも努力すれば成績という成果があった。
そして、評価されたのにこれだけは…。
努力してもそう簡単に変えることは出来ない事実に直面して…。

ある日、子供の出来ない上司(女性)に言われました。
「あなたがそう感じるのは当然。
でも、そんな苦労も苦労の中の喜びも感じることの出来ない私は
本当にうらやましい。そう思う人もいるんだよ。知っていて」
その言葉を聞いた時に、目から鱗でした。
『生きていてくれりゃ、少々不具合があったっていいや」と
思えたのはその頃からでした。
今では職場も変わりその上司とは疎遠になっています。

でも、楽になってなんでも人に言えるようになっています。
娘の障害も息子の難病も受け入れている自分がいます。
こちらから、理解を求めて心を開けばわかってくれる人もいると思えます。
わかってくれない夫はリストラしましたが(笑)

上手く表現できないけれど、話してみれば辛いのは一人じゃないんだってこと。
健常児だって、子育てしにくい世の中ですから
悩みを多く抱えたママはたくさんいると思います。
あなたの気持ちと同じような気持ちは、内容がちがくとも
多かれ少なかれ子育て中のママは持っているかもしれませんよ。

日  時:02/10/31(Thu) 15:24
投稿者名:鈴木君子
アドレス:s-kimichan@jcom.home.ne.jp
U R L:
題  名:Re^3: 未熟児育児の実体
くららママさん、お辛いときのことを細かく書いて下さってどうもありがとうごさいました。私は泣いてしまいました。
私は2人目を出産後、ベットの中でその子が例え死のうと生きようと、私はもう一度絶対に妊娠をして、10ヶ月まで持たせてやると思いました。私自身双子の妹とは6学年も離れていて一緒に遊べず、私が遊んであげるという感じでやだったので、自分の子は出来るだけ2つか3つ離れているのがいいと思っていました。思ったことを出来るだけ実現をするようにしてきていた私は、それを見事に実現させました。妊娠中は最初から最後まで実家に転がり込んで寝たきりで過ごしました。1人目は1才まで母乳で育てました。2人目は3才まで母乳で育てて、断乳はせずに卒乳をしました。その様にして、女の本能を満たしました。
未熟児は虐待を親から受けやすいと言います。1人目はまさしくもそうでした。このままではいけないと思い、2人目の子が授乳の時に、もう一つのおっぱいを1人目の子にも飲ませました。その瞬間、その子と私との間が糸でつながったような不思議な感じがしました。
苦あれば楽あり。今は、うちの子はなんの才能があるのかしらと思案中です。友達にも子供が出来ない人がいます。幼稚園の行事などに参加して他のお母さん方と色々と楽しいお話をして、思いました。今こうしているのは、我が子がいるからこそ味わえることなんだと。そしてなんだかようやく子供の成長を見ているのがとても楽しめられるようになりました。
今後未熟児を産んだお母さんの為とか、幼稚園のバザーで皆が喜んで買ってくれそうなものを大量に作るとか、そんな私なりのボランティアをしてみたいと思っております。どん底になってもいずれは強くはい上がろうとするのは私の長所なのでしょう。いつまでもじめじめしていては子供のためにいけませんよね。



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